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サヨナラの意味

アイドル 音楽

(シングルの話、全握の話、卒コンの話、あとがきのようなもの、の4つに分かれてます。全部足すと8000字以上あるみたいです。時間あるときに適当に読み飛ばしてください。)

 

2016年11月9日。乃木坂46の16枚目のシングル『サヨナラの意味』がリリースされた。この曲は初期より乃木坂46の中心メンバーとしてフロントに立ち続けてきた橋本奈々未が初めてセンターを務めた楽曲であり、そして同時に、彼女の最後のセンターを飾る1曲となった。

表題曲「サヨナラの意味」は、美しいピアノのイントロに始まり、ストリングス、エレキギター、シンセ、そしてボーカル、コーラスと、それぞれのパートが曲が進むにつれ重なり合い、厚みを増していくミディアムバラードだ。「サヨナラに強くなれ」。選抜メンバー19人による重層的な歌声は、ただ悲しみに暮れるのではなく、別れを受け入れ、前に踏み出そうとする凛とした力強さを放っている。それは新しい一歩を踏み出す橋本の背中を押すような力強さと、見送る者の寂しさに寄り添う優しさに満ちている。まるで曲そのものが、彼女の芯の通った、しなやかな人柄そのものを映しているかのように。

昨年の6月に、乃木坂46からは深川麻衣がグループを卒業し、同年3月には彼女を送り出す作品として、乃木坂としては初めて、明確に一人のメンバーの卒業を受けたシングル、『ハルジオンが咲く頃』がリリースされた。同じ卒業ソングながら、この曲は去っていったものが残した慎ましさと逞しさ、温もりを感じさせる作品だった。ハルジオンの花言葉は「追想の愛」。もうここにはいなくても、その淑やかな美しさを何度でも思い出す。メンバーやファンから「聖母」と呼ばれた深川を思わせる、慈しみをたたえた楽曲だった。どちらも別れをテーマにした曲だが、「サヨナラの意味」には、別れへの揺るぎない決意が宿っていた。

 

2016年11月23日。幕張メッセで行われた全国握手会に行った。人生初の乃木坂の握手会。これまで一度も握手会には行かなかったが、橋本奈々未と握手できる最後のチャンスだったので、意を決して始発に乗り込んだ。幕張メッセに着いたのは午前6:30頃。 ミニライブが始まるのは午前11:00。4時間30分の待ち時間。でも不思議と苦ではなかった。これから橋本さんに会えるのかと思うと、何を話そうか、何を伝えようか、たった数秒の与えられた時間を使って、後悔ないと思えるほど自分の気持ちを正しく伝えられる言葉は何か、そればかり探していた。

午前11:00、ミニライブが始まった。披露されたのは表題曲「サヨナラの意味」を含めた、シングルに収録されている全7曲。初のライブ歌唱となった「ないものねだり」では、橋本さんが生歌を披露していた。歌が得意な人ではなかったと思う。緊張で声が震えていたようにも思う。けれど時折音程が不安定になりながら、言葉を綱渡りに紡ぎながら、無事に最後まで歌い切っていた。歌い終えた後、安堵からか、表情が緩み笑顔を見せた橋本さんの表情が印象的で、その姿を見れたことが嬉しかった。

握手会の列に並び始めたのは13:00頃。そこから握手会の会場に入るまで1時間ほど待つ。深川さんの卒業前の最後の全握が4時間待ちと聞いていたので、同じか、それより少しかかる程度の待ち時間は覚悟していた。もとより既に5時間以上待っているので、ここまでくると時間の感覚は麻痺している。

14:00頃、橋本奈々未レーンに入る。彼女との握手を待つ人で途方もない長さの列ができていたものの、「いよいよこれから会えるのか」という期待と緊張の気持ちの方が遙かに勝っていた。橋本さんがラジオやブログで好きと言ってはばからないSuchmosを聴いてその時を待つ。

待つ。待つ。iPhoneに入ってるSuchmosの曲は全て聴き終えた。アーティストを変える。待つ。待つ。並び始めて2時間が経つ。幕張メッセの9〜11ホールに横たわる何重にも折り返した巨大な列の半分にも達していない。目を疑うような光景を前に、このままだと握手できるまでどう見積もってもあと4時間はかかると気づく。冗談のような現実を目の当たりにし、自分のやっていることが、途轍もなく罪なことのように感じられ、寒気がした。たった数秒の握手のために6時間待つ、どう考えても普通ではない。何よりも握手のために6時間待つということは、それ以上の時間、彼女はファンと握手をし続けるということだった。その列に並ぶということは、彼女の心と体を酷使することと同じことのように思えた。湧き上がる罪悪感と反吐の出そうになる気分から逃げたくなり、今すぐその場を離れてしまいたくなる。でも「この最後のチャンスを逃してお前は一生後悔しないのか」という声が頭をよぎった。なんのために今日ここに来たのか、これが本当に最後だぞ。そのもう1人の自分の、言い訳のような訴えが頭から離れず、その場から動くことができなかった。

待つ。待つ。どれだけ待っただろうか。楽しみなどという気持ちはとうに消え失せ、申し訳ないという罪悪感が寄せては返す波のように何度も訪れ、それでも並び続ける矛盾した自分を呪い、答えのない葛藤の中振り切った、ここまできたらやるしかないという放棄にも似た決意さえ見失うほど、ただただ時間が流れていった。

20:00、橋本奈々未レーンに入り6時間が過ぎた。最後の一列がやってくる。握手の時が近づくにつれ、それまで疲弊し、神妙な顔をしていたはずの周りのファンがみな、表情が生き返り、目が輝き始めた。もちろん自分もそうだった。「何を話そう」。それまでの6時間がなかったかのようにみな、目と鼻の先までやってきた未来の話に声が弾んだ。"アイドル"という存在の業の深さと、尊さを目の当たりにしたようで、そしてその形容しがたい何千人という人間の清濁併せた感情の渦の全てを、その身一つで受け止めようとする橋本奈々未という人に抱いた感情は、言葉にはなれず、心に溶けていった。

握手の時。間近で見る橋本さんは、テレビや雑誌で見るよりももっと華奢で、か細く、手も小さかった。椅子に座った彼女と握手をする。握り返す力はないに等しい。目が合う。

「アイドルになってくれてありがとうございます」

『ありがとう』

「ずっと、元気でいてください」

『ありがとう』

時間にして4秒。最初で最後の瞬間は、呆気なく終わった。その声は小さく、吹けば消えてしまいそうだった。ただ次の人と握手をする瞬間まで、離れ行く自分からも、彼女は合わせた目を一度も逸らさなかった。

「アイドルになってくれてありがとう」なんて、残酷な言葉だと思った。アイドルになったせいで経験した嫌なこと、辛いこと、悲しかった、忘れたいことさえ全て肯定してしまうような言葉だと思った。でも、絶対にそれだけではないはずだった。何より自分は、彼女がアイドルになってくれたから出会えた。アイドルだったから好きになれた。だからその選択に感謝したかった。乃木坂46になってからの、彼女のこれまでの全てに感謝したかった。

アイドルになってよかったと、思っていてほしかった。

20:30、会場を後にする。どうするのが一番正しかったのかは未だにわからない。今なら違う言葉をかけたかもしれない。でも帰り道、「握手することを選んでよかった。」、それだけは確かに感じられた。

その日、橋本奈々未の握手が終了したのは、23:00を回った頃だった。

 

2017年2月20日。乃木坂46の5th YEAR BIRTHDAY LIVE初日、そして橋本奈々未の誕生日でもあり、彼女が乃木坂46を卒業し、芸能界を引退する最後の日がやってきた。天気は曇りのち雨。二度と使うことはないとわかっているグッズを鞄に詰め、さいたまスーパーアリーナへ向かう。

場内に入ると、乃木坂のライブでは最大規模の、全面にLEDを配した巨大なメインステージと、会場中央にはセンターステージ、そしてそこから十字に伸びた花道が広がっていた。スタンド席の最上段からメインステージ裏のバックステージ席まで全て解放され、平日の18時開演にも関わらず、さいたまスーパーアリーナのスタジアムモードが35,000人もの人で埋まっていた。チケットの取れなかった人や地方に住む人、仕事や学校、色んな事情のあった人。来たくても来れなかった人が沢山いたであろう中、自分がこの場所にいれることは、少なくない幸運の巡り合わせのおかげなんだと、ふと思った。

開演。オープニング映像が流れる。紅白の楽屋での映像のようだ。みんなで手を繋ぎ円になり、2017年へのカウントダウンをしている。5.4.3.2.1.…「ハッピーニューイヤー!」。新年を祝福する輪の中で、誰かが言った「あと2ヶ月あるよ」。その言葉とともに、涙に目を抑える橋本の姿が映る。

映像が終わり、センターステージに橋本が1人現れた。静寂の中、深々と一礼する彼女。1曲目は「サヨナラの意味」。最後のライブが始まった。

桜井「今日はどんなライブにしたい?」

橋本「私自身もこういうステージに立つのが最後になるから、この景色を焼き付けつつも、それ以上に、…皆さんが帰った後も、こびりついて離れないようなライブにしたい。」

この日はBIRTHDAY LIVEだったが、従来の時系列で乃木坂の歴史を追っていく曲順とは異なり、デビューから最新曲「サヨナラの意味まで」、曲を橋本自らもセレクトし、それぞれのシングルとアルバムから順番に披露していく「橋本奈々未」という人を振り返るようなセットリストだった。シングル曲は、その曲のセンターのメンバーに加え、橋本もセンターに来るスペシャルなフォーメーションで披露された。そして「指望遠鏡」、「やさしさとは」、「僕が行かなきゃ誰が行くんだ」、「革命の馬」、「ボーダー」、「制服を脱いでサヨナラを…」、「ここにいる理由」、「君は僕と出会わないほうがよかったのかな…」、「自由の彼方」。どれもシングルのカップリングやアルバム曲だが、どの曲も卒業ライブという別れの日に聴くことで、いつもとは違う意味合いを持ち、別の表情を見せていた。ただ卒業ライブの日であっても、自分の参加していないアンダー曲やユニット曲も関係なく入ったセットリストに、橋本の乃木坂46への想い入れや、その曲をパフォーマンスするメンバーへの愛情を感じた。橋本が乃木坂の曲で1番好きという「生まれたままで」では、同じ2月20日生まれの伊藤万理華とともに、センターステージの最上段で背中合わせになりながら披露した。曲が終わると、サプライズで伊藤万理華への誕生日ケーキが用意されていた。奈々未の卒業コンサートなんだからと、橋本を立てようとしゃがむ伊藤。万理華だって誕生日なんだよと、伊藤を祝おうとしゃがむ橋本。35,000人の中心にいた2人は、誰よりも小さくなり、笑い合っていた。

桜井「めっちゃ息切れてるね。」

橋本「やっぱりね、全てを出し切ろうとすると、息が切れちゃうね。」

桜井「珍しく汗かいてる。」

橋本「本当?」

桜井「綺麗だよ。」

橋本「(照笑)」

桜井「最後だから言っちゃった(笑)」

MCでのメンバーとの何気ないやりとりにも、終わりの時が近づく。

橋本「(センターステージで、行ったり来たりを繰り返す)こうしてみんなを見るのも、これが最後なんだなと思って。」

橋本「次が最後の曲になります。」

メンバーと抱き合いながら、笑顔の「孤独な青空」で、本編は終了した。

アンコール、衣装を着替え、1人現れた橋本。

橋本「私は「ないものねだり」という曲を歌っているけど、「ないものねだりしたくない」って歌っているけど…、こんなに素敵な景色を何度も何度も目の前にしているのに、別の道を進みたいと思うのが、いちばん「ないものねだり」だなと感じてます。」

橋本「私が選んだ道が正解であることを願い、きょう皆さんが私とお別れして、その先に、皆さんの道に、楽しいこと、うれしいこと、幸せなこと、これでよかったと思えることがたくさんあることを願っています。 」

そうして歌われた「ないものねだり」。

歌が得意な人ではなかったと思う。涙で声が震えていたようにも思う。途中、言葉に詰まる瞬間もあった。それでも自分の心の内をファンに伝えるように、揺るがない決心が、揺らぐことのないように、胸を張り、最後まで歌い切っていた。

「ないものねだり」の後のMCでは、サプライズで白石から橋本への手紙が読まれた。白石が泣きながら手紙を読む間、目に涙を浮かべながらも、橋本は白石の目を離さなかった。それは握手会の時、自分の目を見続けてくれたその姿と同じだった。

乃木坂46橋本奈々未、白石麻衣の手紙に号泣 卒業スピーチ&白石手紙全文 | ORICON NEWS

(手紙を読み終えて)

白石・橋本「ティッシュください(泣)」

白石「泣いてる私ブス」

橋本「かわいいよ」

白石「そっちこそ!」

橋本「うっ、やられた(泣)」

※白石と橋本が過去に明治チョコレートのCMに出演した際の2人のやりとり 

そして本当のラストへ。

橋本「アリーナのみんなありがとう。スタンドのみんなありがとう。上の席のみんなありがとう。ステージ裏のみんなありがとう。ペンライトを緑にしてくれてる人ありがとう。今手を上げてくれている人ありがとう。立ってくれてる人ありがとう。今日ここに来て、私を見てくれてありがとう。」

一つ一つに感謝の言葉を告げ、ステージ下手に向かい、移動式のステージに立ち、その時を迎える。アンコール最後の曲は「サヨナラの意味」。

移動式のステージに1人立ち、ファンに手を振りながら場内を一周する彼女。

「後ろ手でピースしながら 歩き出せるだろう」

ファンに背を向け、後ろ手でピースをしてみせる彼女の強さが、眩しかった。

「サヨナラに強くなれ」。乃木坂46全員による歌声は、悲しみを振り払うように、何度も、何度も、繰り返された。

ステージに並んだメンバーが1人ずつ、橋本と別れの言葉を交わし、ステージ裏へ下がっていく。齋藤飛鳥は、橋本の伸ばした手に応えようとせず、彼女の肩で泣いていた。最後の白石とは、マイクにも聞こえない2人だけの会話をし、お互いのこれまでの日々を認め合うように抱き合った。

「おわった!」「さようなら!」

会場上空へと上がっていくゴンドラの上で、最後の瞬間まで深く下げた頭を一度も上げないまま、約3時間半に及ぶライブと、5年半に及んだ橋本奈々未乃木坂46としての最後のステージは、幕を下ろした。

握手会の時に見た橋本奈々未は、散る寸前の花のようだった。華奢な体で、握り返す力も弱くなった小さな手で握手をし、それでも語りかけるファンの目は絶対に離さずに、全ての言葉に頷き、全てに言葉を返していた。その姿はあまりに儚くて、いますぐ散ってしまいそうだった。

でも卒業コンサートで見た橋本奈々未は、沈んでゆく夕陽のようだった。もうすぐ目の前からいなくなってしまうことなんて忘れさせるほどに、どこまでも眩しくて、何よりも輝いていた。人生で見た全ての中で、一番綺麗だった。見る人を照らす太陽は、その姿が彼方に沈んでも、また別の場所で昇り、その褪せることない輝きで、誰かを照らすのだろうと思った。

どうしたらこんな人になれるんだろうか。どうしてアイドルは、最後が一番美しいんだろうか。答えは見つからないまま、涙が止まらなかった。楽しいも、好きも、悲しいも、寂しいも、辛いも、全てが霞んでしまうほど、美しい最後だった。

 

2017年2月23日。オフィシャルとしては最後の仕事となったSCHOOL OF LOCKの放送。ファンへ残した最後の言葉を聞いて、間に合ってよかった。この人と出会えてよかった。好きになれてよかった。ただ、そう思った。

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2017年2月24日。最後のモバメが届いた。これが本当に、本当の最後。あっさりとした文体。簡潔な言葉。オセロの石が、一手で全てひっくり返るような、手にとって触れそうなほどの決意。余りにも軽やかで、そして力強い志を目の当たりにして、いつまでも悲しみを引き連る自分が恥ずかしくなった。握手会の時、瞬き一つせず自分の目を見続けてくれたように、彼女の視線は今、揺らぐことなく、目の前に広がる未来を見ているのだろう。

なんで彼女を好きになったのか考えた。外見の好み、もちろんめちゃくちゃある。可愛い子や綺麗な子は世の中に沢山いる。乃木坂なんて更に可愛くて綺麗な子しかいない。その中でも、顔も髪型も、ショートヘアーもロングヘアーも、ブランドや値段より好きなものを選んで着こなす服装も、所作も、極端なことを言わず自分と相手のことを考えて慎重に言葉を選ぶ言葉遣いも、優しくて、でもメンバーにもファンにも媚びない、人への接し方も、一番好きだった。何かのインタビューで好きな男性のタイプを聞かれた時「言葉がやわらかい人」と言っていて、そういう人間になろうと密かに思った。

音楽の趣味が自分に近いことにも勝手に親近感が湧いていた。以前ブログで好きなアーティストを書いた時、その内の一人に細美武士と書いていた。自分も彼のことが好きで、そしてELLEGARDENthe HIATUSとバンド名ではなく「細美武士」と書くところに、1人シンパシーを感じていた。最近ではSuchmosの話をすることも増えたけど、Suchmosを好きと言いながら、キュウソネコカミに感動する橋本さんが好きだった。

他にも好きなところを挙げれば沢山ある。でも、きっと1番好きだったのは、物事の考え方や生き方だったんだと思う。

「自分に正直に生きていたい」。

最後のアップトゥボーイのインタビューで語っていた言葉。客観的に物事を見つつも、ブレない自分の考えや意志をしっかり持っていて、感じたことを、時に素直すぎるほどに表に出す人。モバメでファンに思っていることをぶつけることも少なくなかった。正直そのメールを読むと、しんどい気持ちになることもあった。でも思い返せば、ブログでも昔からファンにもハッキリと思ってことを言っていた人だった。スタッフや関係者には"子供っぽい"ところもあると、メディアで書かれていたこともあったけど、それは自分の気持ちに正直であろうとしたことの裏返しだったんじゃないかと思う。卒業を発表したANNで、桜井さんと生ちゃんを呼んで「(この2人は)ズルくない」と言ったことが、ファンの中で憶測を呼んだこともあった。でもそれも、この2人は自分自身に対して嘘をつかない人だと、言いたかったんじゃないかと思う。ファンの目に見える部分なんてほんの一部で、全てはこちらの都合のいい解釈でしかないけれど、それを信じられるような、まっすぐな人だったと思う。

サヨナラは、その人がいたことの証だ。

そしてサヨナラの数だけ、残るものがある。

自分にとって、橋本奈々未が残してくれたものは生き様だ。

自分が人生でこの人のようになりたいと思っている人が一人いる。そしてそこに、橋本奈々未も加わって二人になった。それが自分より年下の女性アイドルになるとは思わなかったけど、カッコいいことや美しいこと、尊敬できるということに、年齢も性別も職業も関係ない。人生という道で、何千マイルも先を走る彼女の背中に追いつけるように、自分に正直に、自分らしく、自分の選んだ道を、自分で切り開いていく、そういう風に生きたいと、強く思った。「幸せになってほしい」なんて言葉を彼女にかけるのは100年早かった。まず自分自身が、それに足るふさわしい人間になりたいと思った。

ずっとありがとうございました。本当にお疲れ様でした。

出会えて、好きになれて、心から良かった。

こんな気持ちにさせてもらって、あんなにカッコよくて、美しい卒業を見届けさせてもらった自分は、アイドルファンとして、最大級に幸せなんだと思う。悲しいし、寂しい。それでもなお、これ以上望めないほどに、自分は幸せなファンだと思う。

いつか偶然でも、どこかで会えたらいいな。その時には「あなたのおかげで幸せになれました。」そう目を見て言えるような、正しい人間になっていたい。そんな期待は持つべきではないけど、期待が希望になって、希望が未来に変わるなら、夢見るぐらいは許してほしい。

 

でもそう望んでしまうのはきっと、ないものねだりなんだろう。

 

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