23│05│韓国旅行記2日目

■某日
 旅行に来たからには朝から動かないともったいないという貧乏根性に支配されているので朝7時に目覚ましをかけるも無事二度寝。美術館の前にカフェに行くつもりがスタートでつまずく。お目当ての安国の8時オープンのカフェに9時頃に着くも既に長蛇の列。近場のもう1軒を覗いてみるもこちらは更に長い列ができており敗北を悟る。そもそもおれのような韓国ビギナーがネットで調べて行ってみたいと思うようなカフェは他の観光客も目を付けてるに決まってる。安国はカフェが多いのでその2店舗にこだわらなければ雰囲気の良さそうなカフェは見つかりそうな感じはしたが、予約した美術館の入場時間も迫っており、壁の外から帰ってきた調査兵団(成果が無かった時の例えが進撃の巨人しかない人)の気持ちになりながら、安国に後ろ髪を引かれつつ梨泰院エリアへと向かう。

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雰囲気良さげなカフェも多い安国エリア。

 梨泰院エリアの漢江鎮駅から徒歩7分ほど、坂を少し上がっていくとリウム美術館が見えてくる。写真のイメージだともっと広い敷地を勝手にイメージしてたけど、実際は狭い坂道に面する形で突如現れる。

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リウム美術館のテラス
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エントランス。鳩も地面に座り込んでいる人もカテランの作品。

 10時のオープンのタイミングに合わせて来たのでまだ人もまばら。現在リウム美術館の全ての展示は完全予約制で、ホームページでログインをして事前に予約したチケットのQRコードを表示させなければならない(後半は当日知る)。今回見れたのは常設展の「Traditional Korean Art」と期間限定の「Maurizio Cattelan WE 」の2つ。本当はもう一つの常設展の「Modern and Contemporary Art」の方もかなり見たかったが時間の関係で今回は断念。こちらはまたいつか韓国に来た時のための楽しみにしておく。なので韓国絶対また来るぜ。
 最初に入ったのは「Traditional Korean Art」。韓国の伝統的な工芸品やウン百年前に書かれた屏風など、おそらく歴史資料として価値の高い陶磁器や絵画が並んでいる。ビックリするぐらい興味がもてない。工芸品に関してはその精巧な作りと美しい曲線の醸し出す品のような、上質な気配を味わったり、各作品の製造過程や由来から当時の時代背景みたいなものも見えてくるのだとは思うが、工芸品への関心が薄い上に、過去の生活様式や社会制度にもそこまで興味が持てないのだからそりゃリアクションも薄くなる。

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受け皿エリア。壺より皿の方がなんとなく興味湧いたけど理由はわからない。
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移動はこの螺旋階段を下っていく。

 途中階では「Strange Walkers」というVR作品のコーナーがあった。ゴーグルをつけた状態で区画内を歩くと星空の下の砂漠、ヨーロッパの難民、オーロラのような光の煌めきと画面が切り替わっていく。スペースの奥にはこの作品の基になったオリジナルの絵画もあり、ただ絵を見るだけでなくVRを使うことで自分がその絵の描かれた時代、その場にまさにいるような感覚を味わえる(というテーマの作品っぽい)。これはゴーグルかけた瞬間に「おぉー!」と声出たぐらいのアハ体験。個人的には京都の清水寺の胎内めぐりぐらい楽しかった(伝われ)。
 美術館に行って、何百年前も前に作られた作品を目の当たりにする時、その作品を通じてその瞬間だけ、時間的な概念を超え、自分の意識も過去を巡れるような感覚はなんとなくわかる。それの没入体験バージョン。

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このスペース内がVRエリア。
ゴーグルをかけると現実世界との境目がブルーライト、他の人間がグリーンライトで表示される。

  ゴーグルを渡してくれたスタッフの人に日本人だと言うと、その人も英語が得意ではなかったみたいで、つたない英語同士のコミュニケーションでゴーグルを装着するだけで2分ぐらいお互いに格闘してしまった。「안경(眼鏡)」が何かわかってもそれをどうすればいいかわからない察しの悪い人間ですまん。更にゴーグルをつけてる間は他の人や壁にぶつからないように傍にスタッフの人がついてくれ(多分おれにだけずっと付いてくれてたっぽい)、「Turn Right」や「Stop!!(強め)」とずっとガイドしてくれた。そのままいっそこの難破船のようなおれの人生もガイドしてほしい。
 次のフロアは仏像や宗教画が集められており、陶磁器や屏風よりはなんだか興味が持てた。おれは多分宗教には興味があるらしい。無宗教な自分にとってはそこまで実感はわかないが、宗教の与えている教育、生活習慣やカルチャー、人の思考への影響はめちゃくちゃデカい。これは割と残りの人生で勉強していきたい分野。

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仏陀三人組。日本と韓国は文化的にかなり近いよね。
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展示の一番最後に現れる太陽系の惑星の運動を模したリングで構成されたオランダのアーティスト(名前忘れてしまった)の作品。
トラディショナルコリアンアートの後に急に洋モノぶち込まれる。

 展示は1時間ほどで見終えたが次に予約しているカテラン展まで時間があるので、梨泰院で目星をつけていたお店で買い物でもしようかと駅方面に戻る。そして気づく。お気に入り登録していたいくつかのお店すべての開店時間がまだということに。「あんたバカぁ?」。という声が宮村優子ボイスで完全再現される。いや、おれはマジでバカなんだよ。調べてるようで調べきれてないというか、詰めが甘いというか。クソ真面目なくせにおおざっぱで抜けがある。かと言って梨泰院に限って行きたいカフェも特にない。このすさまじく半端な時間どうしてくれようかと悩むが悩んでいる時間がもったいない。意を決して「NICE WEATHER MARKET」のあるカロスキルへ向かう。

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ナイスウェザー

 「NICE WEATHER MARKET」はお店の中で商品が更にカテゴリ別に分かれており、服や雑貨、食器からインテリアまで置いてある。置いてあるもののチョイスが絶妙なのとオリジナルアイテムがめちゃくちゃ可愛いくて、使う予定ゼロのアイテムもついつい買ってしまいそうになる。

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ナイスウェザー
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ナイスウェザー

 しかしここでもクレジットカードが読み込まない事案が発生。ここまで連続して使えないとおれのクレカもう使えないのでは?という疑心暗鬼にもなる。しかしこのままクレカ使えなかったらマジでヤバイ。手持ちの日本円全部ウォンに変えたらいくらだ?あとLINE PAYに金入ってたら韓国の銀行でウォンで下ろせるって何かで見たな。それか最悪人に借りるか、などと資金繰りに脳みそをフル回転させる。地に足の着かない状態で次の目的地の「SOIL BAKER」へ向かうが、店舗の前に来ると工事により店は臨時休業中のよう。今日のおれはとことんツイてない気しかしない。結局「NICE WEATHER MARKET」を見ただけでまたすぐにリウム美術館にトンボ帰り。燃費の半端なく悪い中古車のような無駄ムーブ。

 リウム美術館に戻り今回の韓国旅行で最も楽しみにしていたことの一つである「Maurizio Cattelan WE 」へ。カテランはバナナを壁にテープで止めただけの「Comedian」が有名だけれど、実際に生で個展を見るのは人生初。わかりやすいモチーフにブラックユーモアを込めた彫刻とインスタレーションはポップでいて挑発的。それが"何か"はわかるのに"どういうことか"は一見しただけではわからない。ただそのモチーフには意味があって、裏をかくようなユーモアとシリアスな問いがそこにはある。

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Comedian』。ただのバナナがなぜ芸術作品になりえるのか。
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『Him』。仮にヒトラーがひざまずき許しを乞うたとしてそれを赦せるか。
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『Untitled』。ただのエレベーターも小さくなったらアート。
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『Untitled』。ブーツに宿る命は逆境の中の抵抗と回復の精神。
素朴な素材にも崇高な価値がある。
これが一番好き。
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でかくてひろい
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ひょっこりはん

 おれが博物館に並ぶような工芸品にはそこまで興味が持てず、アートと呼ばれる類の芸術作品がすごく好きなのはそこに"意図"を読めこめるかどうかの違いなんじゃないか。壺や皿にはきっと意図のようなものはなくて、その時代の技術と、社会と、生活が宿っている(もちろんおれが勉強不足なだけの可能性は大いにある)。けれどアートはそれが視覚的な効果や錯視を狙った構図であれ、アーティストの抱える願望や内面の表現であれ、権力批判や社会通念に対するプロテストであれ、何かしら創作者の意図が込められている。その意図と、意図を表現するためのアウトプットとして彼らが選んだマテリアルとプロセス、そして完成した作品は常に自分の想像の範疇を超えていて、人間やべぇというか、人の想像力には限界がないんじゃないかってワクワクしてくる。そしてただ意図だけを伝えられるよりも、遠回りにも思えるがその作品を通すことで、よりその意図が雄弁に、クリアになる時もある。自分が中央揃え杓子定規タイプのクソつまらない人間な分、余計にそう思うんだろう。おれが人生を100回やっても思いつかないアプローチはそれに触れるだけでめちゃくちゃ刺激的だ。
 アートを見る時、単に形が好きとか、タッチが好きとか、色が好きとか、なんかわかんないけど好きとか、そんなのでも好きの理由は十分だけど、自分の"好き"と作者の"意図"への驚嘆や感動がマッチしたらそれは大好きになる。きっと音楽もそう。メロディや歌詞やサウンドが好きな上に、アーティストのアティテュードにシンクロできたら、それはきっと特別になる。おれが人生で一番好きな絵はニューヨークで見たバーネット・ニューマンの《英雄にして崇高なる人》だし、人生で一番好きな音楽はELLEGARDENだよ。そしてそれには言語化可能な厳然たる理由がある。

 展示室の1F~3Fまでカテラン作品が並ぶさまは圧巻で、ここで2時間弱ぐらい時間使ってしまったが大満足というかもう今日ええかという気分。流石にこの時間になれば梨泰院のショップもとっくにオープンしているので美術館を後にしぶらぶらとショッピングを楽しむ。明洞、弘大、聖水堂、梨泰院のあたりを回った感じショップは梨泰院エリアの雰囲気が一番好きだった。代官山っぽさ。

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1Fがレコードショップ。2Fは会員じゃないと入れなかったがおそらく図書館?。
中ではレコードの試聴もできる。
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超日本っぽい並び
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The Strokesが流れてきたピザ屋。入ってみたかった。
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右を歩けと書いて正しく進めと読む

 梨泰院を散策しているとLINEに一通のメッセージ入る。会社の同じ部署の女性からだ。たまたまおれと同じタイミングに旦那さんの仕事がてら、お子さんも一緒に家族で韓国にいるという話は聞いていたけど、少し時間ができたらしい。ちょうどのど渇いてカフェ行きたかった。彼女の泊まっているホテルからも近く、自分の行きたい場所でもあったので龍山で落ち合うことに。しかし冷静に考えると2人でちゃんと話したことはほぼない。ゆっくり話すのがいきなり韓国でって不思議だ。

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龍山駅前。ターミナルの駅でめちゃくちゃ大きい。駅前は高層ビルが立ち並び丸の内みたい。
これは憶測だけど、龍山はここ数年で急速に開発が進んでいる地域っていう雰囲気がした。

 息子さんを抱えながらエスカレーターを降りてきた彼女は会社で見る時とはマジで別人ってぐらいテンションが高くて少しビックリした。まあ職場でプライベートと同じ感じで過ごす人も少ないかもしれないが、にしてもギャップでかい。お子さん(仮名:ゆうとくん)もまだ小さいので、とりあえず近場のカフェに入る。

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カフェ「PONT」。店員の若い男の子は日本語も話せて、お子さんにミルクのサービスも出してくれてかなり居心地良かった。

 おそらく5年以上は同じ会社で働いていたはずだが、この5年間を一瞬で凌駕するぐらい色んな話を聞いた。会社の話、産休中の話、子どもができてどう変わったかの話。どれだけ長い時間を一緒に過ごすかよりも、どういう体験を共にして、どういう話を一緒にするかが、相手がどういう人かを知る上では大事らしい。当たり前か。彼女の子どものゆうとくん(仮)もすごい良い子で全然ぐずったりせず、おれに対しても一切人見知りせずに絡んできてくれた。自分にも子どもできたとしたらこういう感じになんのかなと、疑似家族体験をさせてもらう(するな)。むしろおれの方がゆうとくん(仮)に対して人見知りをバリバリに発揮していたので、傍から見ても夫婦や家族には見えなかったとは思うが。しかし子どもにも敬語で話してしまいそうになるが小さい子どもに人見知りをして敬語で話すのは教育上どうなんだろうな。
 
 カフェの通りに行きたい雑貨屋があったので付いてきてもらったが移転したのか見つけられず(もうええて)。近場のHYBEのビルにまで付きあってもらう。ビル丸ごとHYBEの所有で"資本"をまざまざと見せつけられる。

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THE 資本
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チェウォンおれだー!!!!!!!!!!!

 その後は駅の方まで戻り三松パン屋へ。会社の人にオススメしてもらったコーンパンが有名なお店らしい。

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通称"麻薬パン"ことコーンパン。メロンパンみたいな生地の中にクリームとコーンが詰まっている甘めのパン。甘いもの好きな自分は好きな味。うまい。

 その後は軽くショッピングセンターをぶらぶらとし、彼女は旦那さんたちとのご飯会へ、おれは別の知り合いの人と合流する予定だったのでここで別れる。特に何かをしたわけではなく、彼女といたのはほんの2~3時間程度だったが、会えてよかった。ここで会わなかったら多分今後もそんな交わる機会はなくて、まあそれでもお互いに困らないかもしれないけど、示し合わせたわけでもないのに偶然韓国で会えるなんてのは人生何が起きるかわからない。ホテルに戻る途中、目星をつけていたカフェに一瞬寄れるかなと思い立ち寄るも閉店30分前で入れず本日5敗目。予定組むの下手すぎて生きるのが辛い。

 夜は7,8年ぶりの知り合いに会うために乙支路へ。韓国に行く数日前、たまたま彼女も韓国に来ていることを知りとんとん拍子で会うことに。その連絡からして数年ぶりだったのだが。お互い相手の顔を覚えてるか覚えてないかレベルのあやふやさだったが無事合流できタッカンマリ屋へ。彼女は韓国語がペラペラなので店員さんとのやりとりは全てお任せしてしまった。やっぱこうやって韓国語でコミュニケーションがとれるのはいいよな。3回始めて3回挫折してる韓国語の勉強、4度目の正直を誓う。

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テソンタッカンマリのタッカンマリ。韓国で食べたものの中でTOP3には入るぐらい美味しかった
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韓国で飲んだ初ビール。CASSとTERRAが韓国のビールの2大ブランドらしい。
薄くて飲みやすいのが好きなのでマジ美味かった。

 会社を辞めることが決まり、有給期間を使ってヨーロッパと東南アジアを回り、最終地の韓国にはタトゥーを彫りに来ていたという彼女の話はめちゃくちゃおもしろい。自分の人生で未だ一度も見たことのない景色ばかり。7年生きてればお互い色々あるはずだが、7年ぶりのギャップを埋めるよりもこの2週間の話を聞くだけで手いっぱいだ。

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店の中にトイレの暗証番号が張り出されている。
韓国のトイレはドアにカギがかかっていて暗証番号がないと入れないところも多い。

 この乙支路のあたりは今かなりホットな場所らしく、2軒目へと向かう。

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なぜかいかがわしいネオンライトのチョイスのお店も多い
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乙支路のある区画一体のほぼ全ての店舗が路上に椅子とテーブルを並べるスタイルで深夜まで営業。
5月は気候的にも最適。路上飲酒天国。
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ビールがうめぇ

 2軒目はお酒も手伝ってかよりガードの下がった話に。ここで自分の恥ずかしい話をしたところでそれをバカにする人はいない。普段の生活で、もっと言うとこれまでの人生で、おれはなにから自分を守りたくてあんなにガードを上げて生きていたのかと思う。結局は自分のちっぽけなプライドを守るために馬鹿にされたり笑われたくないと、自分のダメな部分を晒すことからずっと逃げていただけなんだが。確かに世の中には他人の足を引っ張ったり嘲ることをやめられない人もいるが、そうじゃない人も沢山いる。その人たちを信じて、自分のダメなとこや情けないとこも見せるのが信用なんだろう。仮に自分の持っているものが100だとして、その100を晒して足りないなら、その100を120や150にするための努力をするしかない。最近人間味が出てきたと言われたのは、この年にしてようやく、余りにも遅いが、自分のダメな部分やカッコ悪いところを無理して隠さないようにしているからかもしれない。おれの人生全てが遠回りにも程がある。
 
 彼女と別れホテルに戻ったのは1時近く。おれのぎっしぎしに詰めたスケジュールは一つでもピースが欠けたら全部崩れるジェンガのよう。スケジュール通りには全くいかなかった。行きたかった展示や店、食べたかったもの、まだまだ沢山ある。まあそもそもこの旅行の始まりからして予定通りではないんだが。けれど予定通りではなかったから、今日あの2人に会えたんだな。この未来ははこの旅行が決まった時には一瞬たりとも想像できなかったことだ。旅なんてのは想像した通りにはいかないもので、しかし予定通りではないからこそ巡り合えるものがある。
 初日から動き回って体はだいぶ疲れが溜まっているのかいやに重い。けれど、昨日よりは心はずいぶん軽くなった。
 明日こそ7時に起きようと、きっとうまくいかないことがわかっていながら目覚ましをセットして、ベッドに突っ伏した。