2020.2.21 イギリス旅行記2日目 後編

イーストロンドンエリアにあるショーディッチのGOODHOODという服屋へ向かう。ソーホーが原宿なら、ショーディッチは代官山だろうか。GOODHOODは日本で言うとBEAMSのようなセレクトショップで、ストリート系のアイテムを中心にメンズ・レディース、雑貨も揃っている。今回のロンドン滞在中に行った服屋の中では断トツで好きなお店だった。店内を物色していると、見覚えのあるTシャツを見つける。ロンドン限定の河村康輔×F-LAGSTUF-F×GOODHOODのトリプルコラボだ。まだ売ってたのか!

スタッフ『それめっちゃイケてるだろ?』

「すごいかっこいい。日本だと売ってないしね。」

スタッフ『そうそうロンドン限定なんだよ』

「これ試着してもいい?」

スタッフ『もちろん』

ロンドンに来て初めて"会話"が成立した気がする。知らない人に話しかけられるは苦手なはずなのに、ささやかなコミュニケーションが取れるだけでこんなに嬉しいとは。アウターは376ポンド。Tシャツは79ポンド。合わせると日本円で63,000円ほど。日本にいたら間違いなく躊躇する値段だが、ここはロンドン。「せっかくロンドンに来たから」と迷いなく購入。こうして「せっかくだから」の貧乏根性によって、人は貧乏になっていく。でもお店オリジナルのお香もサービスしてくれたし、良い買い物だった。

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↑買ったアウターのルック。モデルは舐達麻。このイカツさは自分が着ても当然出ない。

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↑オマケしてくれたGOODHOODのお香。14ポンド。日本円で1,900円ぐらい。使い方はわからない。

そしていよいよロンドン旅行のメインイベントの一つ、THE 1975のライブへ。ノースグリーンウィッチ駅を出て1分。目の前にO2と看板を掲げた巨大な建物が現れる。O2は飲食店やショッピングエリアなども入った大型の商業施設で、その中にあるアリーナが今日の会場だ。左手にはボックスオフィスとグッズ売り場が見える。ここでも「せっかくだから」の精神で列に並ぶ。売り場に目をやると、全ての窓口にクレジットカードの読み取り機がある。現金で払ってる人間は一人もいない。現金は使えないのかな?わからないが、とりあえずクレジットカードで払っておいた方が無難そうだ。物販では悩んだ末にTシャツとキャップを購入。全体的にのんびりした雰囲気の物販。イギリスが緩いのか、日本がきっちりしすぎなのか。けれどアリーナに入る際には空港の保安検査場のようなセキュリティゲートがあり、金属探知機とスタッフの手により厳重な手荷物チェックを受けた。過去のテロ事件のこともあってか、こちらは日本の手荷物検査の緩さとは対照的にかなりシリアスだ。

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↑グリーンウィッチ駅で迎えてくれた看板

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↑左がチケット、右がグッズ売り場。

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↑O2の中。

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↑アリーナの入り口。入場口で手荷物検査を受ける。


チケットにはDOOR OPENの時間しか書いていない。開場は18:30だが、ライブは何時からスタートなんだろ?ちなみにこれは後で気づいたことだが、ライブの前日、チケットを買う際に登録していたメールアドレス宛にちゃんとタイムテーブルが送られていた(オープニングアクトのBeabadoobeeが19:30、THE 1975は20:45からの予定となっていた)。もちろんそんなことは知らなかったので、ガラガラの会場に開場時間から入ってしまう。座席はステージ正面向かって右寄り、最上段のエリアの1列目。少し遠いが、会場全体を見渡せるのでまあ悪くはないか。しかし暇だ。場内の探検にでも行くか。フードとドリンクコーナーの雰囲気はさいたまスーパーアリーナに近い。グッズ同様、場内の飲食物も全てクレジットカードか電子マネーでしか購入できないようだ。財布の中には、まだまだ使ってないポンド紙幣が詰まっている。絶対こんなに換金しなくてよかったな。差っ引かれた手数料を思うと些か気落ちする。

「コーラひとつ」

スタッフ『&+○♪〆?』

何か聞かれているがわからない。サイズ以外に何を聞くっていうんだ。

スタッフ『カップ?』

「紙コップのこと?うん、紙コップでちょうだい。」

スタッフ『こっちはボトルでしか売ってないから、紙コップならあっちのカウンターで注文してくれ』

わからねぇわ!なんだそのルール。おそらく「フードとドリンクを売っている場所」と「ドリンクだけを売っている場所」では買えるものが微妙に違うらしい。コーラはコーラでも、ペットボトルと紙コップの違い。ペットボトルでも全然よかったのに、ビビってその場の流れに逆らえずペットボトルで注文できなかった自分が情けない。半泣きになりながら紙コップに注がれたコーラを飲む。コーラはどこで飲んでも美味しいから偉い。

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↑アリーナ内のフード、ドリンクのあるエリア

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↑会場の中でもグッズは売ってた。無理して外で並ばなくてもよかったな。

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↑これはコーラ、ではなく一緒に買ったチキンバーガー。12ポンド。日本円で1,600円ぐらい。日本円で言うと切ない気持ちになってくる。


19時過ぎに座席に戻ると、両サイドにもそれぞれ人がやってきた。左の通路側には南米系の顔つきの2人組。右の奥側にはイギリス人らしい白人の3人組。3人組はライブ前から大盛り上がりで、何度もビールをおかわりしに席を立つ。その度に彼らが通れるよう、通路側に座る自分は身体を縮ませなければならない。「ソーリー」「ごめんよ、これが最後だから」。最後って言った後に、少なくとも2回はおかわりに行ってたな。


19:30。オープニングアクトのBeabadoobeeのライブが始まった。去年Dirty Hit (THE 1975の所属してるレーベル)と契約した18歳の女性シンガーソングライターだ。ライブはまだ荒削りな印象だけど、メロディと声が抜群に心地良い。乾いたギターの、夢見心地なドリームポップ。歌詞の意味もわかると、きっともっと良いんだろうな。なんて考えてたら少しウトウトしてしまう。しかしオープニングアクトが始まっても、まだ客席は半分も埋まっていない。みんなのんびりしてるなー。


20:50。ようやく客席も埋まりかけた頃、暗くなる照明を合図に怒号のような歓声が上がる。流れてくる"The 1975 (ABIIOR)"。音が鳴るたびに、悲鳴があちこちから聞こえる。ヤバい、緊張してきた。あんなに楽しみにしてたのに、いざ始まると自分が一挙手一投足を見逃さずにいれるか不安になってくる。

1曲目は"People"。初めて映像で見たTHE 1975はセクシーで優雅だった。しかし目の前のマシュー・ヒーリーは、憤りを爆発させるかのように叫んでいる。

Wake up! Wake up! Wake up!

It's Monday morning and we've only got a thousand of them left

目を覚ませ!

月曜日の朝だ。おれたちに月曜日の朝はあと1000回しか残されていない。

People like people

They want alive people

The young surprise people

Stop fucking with the kids

みんながみんなを愛してるって

みんなに生きてて欲しいらしい

若い世代がそんな奴らに喰らわせる

キッズを馬鹿にするのはいい加減にしろ

これまでの彼らにはない程、パンク精神を孕んだインダストリアルロック。この怒りは誰に向けられたものだろうか。政治家、システム、格差、旧来の価値観、自己中心的な人間、もしくは自分自身かもしれない。この曲でマシューはハッキリと聴く者をアジテートしている。観客もマシューの声に合わせ「Wake Up」の大合唱。テート・モダンでも見た闘いの歴史は、現在進行形で目の前で作られている。

2曲目の"Sex"を終えると、背後のスクリーンに文字が映し出される。「ROCK & ROLL IS DEAD. GOD BLESS. THE 1975.」。ピンチの時にヒーローが登場するシーンは、いつの時代も胸を熱くさせてくれる。まさにそんな、ヒーローが現れたかのような演出。カッコよくて鳥肌が立つ。そんな感覚をロックバンドが味あわせてくれるなんて最高だ。

聴いてると涙が出そうになる "Sincerity Is Scary"。ピカチュウのような帽子を被り、ムービングステージで踊るマシューをYouTubeで100回は見た。これは自分の目で見る、大切な1回目だ。"It's Not Living (If It's Not With You)"は飛び跳ねたくなるポップソングだ。この曲がドラッグのことを歌ってるなんてとても思えないな。新曲の"Guys"では仲間のことを歌っている。その出会いに感謝し、戻らない日々を懐かしむよう。その郷愁は、そのままファンにとってはバンドとの出会いに言い換えられる。「The first time we went to Japan was the best thing that ever happened.」なんて、日本への言及も嬉しい。"Lostmyhead"のアウトロのバンドアンサンブルとエモーショナルなギターは、ロックバンドだけに許された特権だ。その引力に、目が離せなくなる。"I Like America & America Likes Me"は自分がTHE 1975を好きになったきっかけの曲と言っても過言ではない。激情に身を任せるかのように、アリーナ席へと飛び込むマシュー。時代に対する切実な訴え、これは代弁者の歌だ。

Would you please listen?

Would you please listen?

We can see what's missing

When you bleed, say so we know

Being young in the city

Belief and saying something

頼むから聞いてくれないか?

耳を傾けてくれないか?

何が足りないかおれたちは分かってる

傷付いて血が出たら、おれたちに言ってくれ

この街に住む若者であるおれたちは

信念を持って声を上げるんだ

終盤、"I Always Wanna Die (Sometimes)"ではマシューも客席に歌を委ね、会場が歌で一つになる。「いつも死にたい、時々ね」。矛盾してるようだけど、どうしようもない時の気分を表すとまさにそんな感じ。こんな歌詞で会場が一つになるなんて不思議な話だと思う。でも死にたいと思うのは、希望を持っているからだ。ここにいる人たちは、みな同じ気持ちを抱えているのかもしれない。

一曲終わるたびに、終わってほしくないという気持ちが積み上げられていく。去年のサマソニは現地に行けず、彼らのライブは配信で見ることになった。見れなかったことを一生後悔するような、素晴らしいライブだった。数日間、THE 1975の曲を聴きながら気を落とすほどに。けれどその後悔が、自分をこの場所に連れてきた。ずっと映像で見てきた彼らが目の前にいる感慨は、なんとも言葉に表し難い。全身の毛が逆立つような、血管を血液が拡張するような、身体の中で新しい細胞が生まれるような、興奮と覚醒の連続。胸の底に沈んだ後悔が、いつか自分の手を引っ張って、光の当たる場所まで連れてきてくれることもある。

マシュー「次の曲の間は少しだけ、みんな静かにして聞いてほしい。」

スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリの5分弱にわたるステートメントが使われた"THE 1975(NOACF)"。グレタはこの曲で、地球温暖化の危機を前に人々は行動を起こすべきだとメッセージを送る。

It's time to rebel

今こそ反逆の時だ

そんな曲の後に続くのは"Love It If You Made It"。「おれたちが何かを成し遂げられたら最高さ」と歌うこの曲は、当事者は自分たちだという明確なアティテュードを示している。

ラブソングを歌っている人が、次の曲で戦争のことについて歌ってたら偽善者だと思うだろうか?けれど、甘酸っぱい片想いも、連絡のつかない恋人への不安も、ドラッグに溺れることも、眠れない夜も、経済格差への憤りも、政治への疑問も、地球温暖化を危惧することも、愛する人への愛を綴ることも、全てが生活であり、地続きの、自分たちの話だ。

Truth is only hearsay

We're just left to decay

Modernity has failed us

真実はただの噂だ

おれたちは取り残され腐っていくだけ

現代がおれたちを壊した

But I'd love it if we made it

Yes, I'd love it if we made it

でも、だからこそ何かを成し遂げることは素晴らしいのさ

そう、何かを成し遂げることは素晴らしいのさ

自分がTHE 1975をここまで好きになったのは、そのコンシャスなバンドのスタイルが、今の自分が求めていたものと完璧に重なったからかもしれない。「何かを成し遂げるのは自分たち(私たちであり、おれたち)だ」グレタのモノローグからの"Love It If You Made It"は、間違いなく今回のライブのハイライトだった。

ライブに没頭していると、右肩を突然誰かに叩かれる。3人組の一人が何か話しかけてくる。

3人組『テイク ピクチャー』

「あぁ、写真撮って欲しいの?いいよ。」

3人組『違う違う、お前のだよ』

なんでおれの写真を撮ってくれるんだ??どういうノリだよ。よくわかんないけど、まあ記念になるしいいか。写真を撮ってもらったあと、3人組と謎のハイタッチ会が始まる。これがウェイか。

3人組「どこから来たんだ?」

『日本だよ』

日本から来たと言うと差別されるかもしれないという考えが、一瞬頭の片隅をよぎる。

3人組の一人「トーキョー¥☆♪%#(よく聞き取れなかった)!!ハッハッハ!!!」

ハイタッチが固い握手に変わる。なんか東京って言ってるのは聞こえたけど、何言ってるか全然わからねぇな。でも日本人って聞いて悪いリアクションではなさそう。一人で来てるアジア人を気にかけてくれたのか、それともただ酔ってるだけなのか。最後の"The Sound"では、4人で肩を組んで飛び跳ねる。3人組のおかげで、最後の方は全然ライブには集中できなかった。でも人と肩組んで音楽に合わせてジャンプするだけで、こんなにも楽しいんだな。いつも一人でライブに行くから知らなかったよ。

ライブ中スタンドとアリーナに目をやると、全ての歌詞を全力で歌う人、マシューが何かするたび絶叫してる人、お酒を飲み続けておかわりの度にドリンクカウンターへ消える人、友達同士で写真を撮る人、ずっと動画を回してる人、謎のステップでダンスする人、飽きて携帯をいじってる人、座って寝てる人。「ライブ中はこうしなきゃいけない」、なんてのを考えてる人はあんまりいなさそうだ。ルールが決められ、なんとなくみんなが同じように行動する日本とどっちの方がいいんだろうな。まあ良い悪いじゃなくて、ただの合う合わないって話か。

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↑撮ってもらった写真

 

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↑3人組の一人と。逆光で全然顔わかんないな。


インタールードを入れると、アンコールなしの全28曲。本当に見れてよかった。許されるなら何度だって見たい。余韻に浸ろうとすると、隣にいた3人組が猛烈に話しかけてくる。

3人組『#/☆¥$%○』

すまん、全然わからない。おれは今度から英語ちょっとわかります感を1ミリでも出すのはやめるとここに誓おう。

3人組『この後おれたちと飲みに行かないか?』

そこだけ唯一聞き取れたが、次の日はマンチェスターに朝から移動する予定だっだので丁重に断る。『荷物はちゃんと見とけよ』。3人とハグをし(1人にはキスをされ)、別れる。

良い人たちだったなー。充実感を感じながら席を立とうとして気づく。「…バッグがない。」肩がけのバッグはライブ中は椅子の下に置いていた。しかしそのバッグが見つからない。嫌な汗が一瞬でライブの余韻を奪い去る。

(『荷物はちゃんと見とけよ』)

別の国で、観光客に親しげに話しかけ油断させ、荷物を盗んでいく現地人の話は何度か聞いたことがある。おいおいまさかな。しかし何度探しても見当たらない。鞄の中には財布、パスポート、スーツケースの鍵、およそこの度に必要な物のほぼ全てが入っている。これは本気でヤバい。人混みをかけ分けながら、何年ぶりかの全力のダッシュで3人組を探しに階段を駆け上がる。スタンドの通路を走り、1Fへと向かう階段で3人組を見つける。

3人組『おぉー!どうしたどうした?』

「おれのバッグ見なかった?」

3人組『いや、見てないな』

3人の手元を見ると全員手ぶらだ。疑って本当に悪かった、マジですまん。

3人組『どこに置いてたんだ?』『探すの手伝おうか?』

それ以上優しくされると、自己嫌悪で死にたくなるからやめてくれ。「大丈夫、自分で探すよ。ありがとう。」人の流れに逆行して席へと戻る。ダメ元でもう一度シートの下に手を突っ込んでみる。あった。さっきは神隠しにでもあってたかのように、普通にあった。3人組、本当にすまん。今ここでネットを通じて謝らせてくれ。見つかった鞄は、得体の知れない甘ったるい液体でベトベトに汚れていた。これは無実の善人を疑った自分の心の汚さの現れだろう。ホッとした気持ちと、死にたい気持ちの天秤で心がぐらぐらする。

 

ライブの後、電車もタクシーも長蛇の列になるのはイギリスでも同じだ。駅に続く道を、電車に乗るまでに30分ほど待つ。時計を見るともう23時を回っている。今日一日歩き回った疲れと、ライブの充実感、そして最後の鞄無くした(とおれが勝手に勘違いした)騒動。なんかすごい疲れたな。こんなジェットコースターみたいな旅じゃなくて全然いいんだけどな。人生何が起こるかわからないっていうけど、旅っていうのはそれを凝縮したようなものかもしれない。例のごとく次の日の動きは考えてなかったが、眠気が勝ちベッドへと急ぐ。今わかってることは、明日はホテルの朝食はいらなそうだ。

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The 1975 - Love It If We Made It (Official Video)

 

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